先日私たちは製薬業界で長い経験を有するリーダーである中永一氏から希少疾患における患者中心の考え方とアウトカム改善に対する人工知能(AI)の影響についてお話しをうかがう機会を得ました。中氏は40年以上にわたり製薬業界で活躍した後、ごく最近引退したところです。1983年にサンド薬品で製薬業界におけるキャリアをスタートし、とりわけ合併後のノバルティスでは臨床開発やマーケティングなどの様々な役職を経験しました。製薬業界での在職期間を通じ中氏は日本におけるスペシャリティ領域及び希少疾患領域を専門とするリーダーの役割を務めました。ノバルティスでの30年以上の経験とバイオジェンでの10年間で中氏は臓器移植、重症喘息、自己免疫疾患などの領域での治療の進歩に重要な貢献をし、血友病、脊髄性筋萎縮症、多発性硬化症、アルツハイマー病などの希少疾患において画期的な成果をもたらしました。中氏の業績はイノベーションと患者アウトカムの改善へのコミットメントを反映したものであり、希少疾患の分野に引き続き影響を与えています。
Prospection: こんにちは、今日はノバルティスとバイオジェンで40年以上の経験を持つ製薬業界のリーダーである中永一さんをお招きし、新たな標準治療を確立する際の新規治療法と課題を念頭に希少疾患におけるアンメットニーズに対応するための患者中心のアプローチについてお話しいただきます。中さん、まずは製薬企業の営業・マーケティング部門の幹部社員が考慮すべき主要な論点と課題についてどのようにお考えでしょうか。
中氏: ありがとうございます。希少疾患におけるアンメットメディカルニーズに対応するために新規治療法を市場に導入した私の経験を共有したいと思います。特に患者中心のソリューションの最前線で活動し続けるための患者中心のアプローチや戦略の展開を通じ、新規治療法を標準治療に組み込む際の課題についてお話しさせていただきます。
希少疾患におけるアンメットニーズに対処するための主要な論点は概ね次の通りです:
- 患者の特定
- 治療の開始(治療を開始する方法)
- 治療の維持(患者がベネフィットを得るために治療を継続)
長期的には他の治療法も利用可能になっていくわけですから、新規参入者に備えることはビジネスの成功を維持するために不可欠です。そのため有効性が高い医薬品を持つだけでなく、それ以上のケイパビリティが重要となります。すなわち治療における最初の選択肢として中心に位置付けられるような治療法を確立し、治療に関連するコミュニティや関係者を結びつけるエコシステムを構築するケイパビリティが鍵となります。
製品上市時に見られる主な課題として海外データを日本の患者に適用できるかということと、日本でデータをタイムリーに構築できるかということが挙げられます。例えば臓器移植では治療をしている間の正確な投与量を決定するために血中薬物濃度のモニタリングが非常に重要でした。しかし保険制度下では血液中の薬物濃度測定などの技術を適用することには困難を伴ったため研究の名目で支援データを作成することが不可欠でした。
自己免疫疾患の治療や日本の患者にとっては新規となる他の治療法において、医師達と協力して日本でのエビデンスをタイムリーに作成していくことも一貫して見られた課題でした。また別の例として重症喘息治療へのバイオ医薬品の導入が挙げられます。一部の患者はこれまでの治療で見られたものとは全く別の優れた効果を経験しました。しかし喘息については他のより安価な治療法が存在する中で、高額なバイオ医薬品の採用を推奨するための費用対効果データの創出は困難で時間がかかるものでした。
ある疾患に対し新たな治療法を導入する際の課題は以下のようにまとめることができます:
- 日本のデータを含めデータをタイムリーに創出すること
- 新たな治療オプションに対し患者、医師、患者団体の間で相互理解を構築すること
Prospection: 希少疾患の治療薬を上市するに当たっての課題を共有していただきありがとうございました。次に市場に導入された後のアンメットニーズに対処するために、希少疾患における患者サポートプログラムを実施されたご経験を共有していただけますか?
中氏: 日本での最近の経験、特に個別化されたサポートに焦点を当てさせていただきます。疾患教育ウェブサイト、カスタマイズされた患者向けサイト、電子メールサービスなどの標準的なデジタルアプローチは主にプッシュ型の情報提供チャネルです。
一方で新しい取り組みでは患者さんやご家族との個別の電話相談などが増えており、治療そのものや生活への影響に伴う懸念などに対処するためのカウンセラーがいます。これらがサポートプログラムに登録したメンバーに提供されることになります。カウンセラーは事前に資料を送付し、治療法の選択、アプリの使用方法などについてアドバイスし不安を軽減するように努めます。この電話サポートは既存のデジタルツールとは異なり個別のサポートを提供することを目指しています。
指定難病の患者を対象としたサポートプログラムの分析でも、電話やビデオを通じた相談はアプリや電子メールなどのデジタル手法に比べてより高い価値と満足度が得られることが示されました。半数以上の利用者が人を介した方法に非常に満足していると報告しています。これは人により提供される個別化されたサポートの大きな潜在的な価値を示しています。
更に多発性硬化症患者の分析では人を介したサポートプログラムを提供された患者さんのアドヒアランスが著しく高かったことが示されました。したがって様々なアプリベースのサポートがある状況でも、各個人の問題として取り組んだり、忘れていることがないか声かけをしたり、励ましたりといったことを直接提供できる手法は重要なことが分かります。
要約しますと疾患教育と患者サポートは、患者さんが治療を開始した後に継続していくための適切なアドヒアランスプログラムに焦点を当てていると言えます。アプリや他のデジタルツールもアドヒアランスを改善することはできますが、電話での相談のような人とのやり取りによるものであれば個別の懸念に対応し、より大きな影響を与えることができます。患者サポートプログラムによるアウトカムを改善するための継続的な取り組みは、コンプライアンス上問題のない形で患者さん、ご家族、医療者の皆さんの個別のニーズに基づき、より適切なように組み立てられたサポートを提供する方法に焦点を当てています。
Prospection: 将来的には患者サポートプログラムはより個別化され、患者中心になると思われますね。これを可能にするための主要な要素は何でしょうか?
中氏: 私はこれらのプログラムが患者さん、そのご家族、医療者の個別のニーズに則した形で対応できることが重要だと考えています。データの利用と関係者間のコミュニケーションを可能にすることが鍵です。
データの質・量の拡大と活用の推進を通じ患者固有の状況をサポートするためのタイムリーで正確な情報を提供することが可能です。また医療者の皆さんと患者さんの双方を適切にサポートし、より良いコミュニケーションを実現することの重要性は言い尽くせません。
Prospection:希少疾患における患者サポートプログラム、患者中心のアプローチの未来像、データの重要性について貴重なインサイトをありがとうございました。私どもProspection では患者データから得られるAIによるインサイトに着目し患者アウトカムの改善に取り組んでいます。次にこの分野における急速なAIの進歩がもたらす影響の可能性を一緒に探ってみたいと思います。
まず希少疾患における主な課題は当該患者さんを見つけ出すことです。AIは患者の診断を早期に、またより正確に行う役に立つかもしれません。しかしご経験上これらの患者を見つけ出す上での課題はどのようなものであり、それに対してどのように取り組まれているのでしょうか?
中氏:これは疾患により異なるため単一の回答はありませんが、新たな治療法が生み出されると、それが注目を集め専門家がより多くの患者さんを見つけ出して治療していこうと考えるようになります。したがって新しい治療法を利用できる可能性が生じることは重要な動機づけとなります。また患者さんが専門的な治療や診断にアクセスしにくい疾患も存在します。患者さんを見つけ出す専門性と経験に長けた専門家のほか、医師への情報と教育の内容を改善することにより、見逃されてしまう可能性のある患者さんを見つけ出すのに役立つことがあります。
AIは網羅的な情報を提供された場合には、ある種の患者さんを通常は診療しない医師すなわち非専門医がより正確に診断するのに役立つかもしれませんが、患者さんを見つけ出すためには最終的には関与する人達全員の継続的な取り組みを必要とします。
Prospection:希少疾病では個別化が必要であり治療上の選択肢が限られながらも非常に異なるものになるため、個別の事情を踏まえた治療計画と個々の患者さんに合わせた管理がより重要になります。私達は AI による大規模データ分析が個別の治療計画の開発に貢献できると考えていますが、それには制約もあり医師はそれを受け入れることに抵抗する可能性があります。この点についてご意見を伺えますか?
中氏:AIはデータを論理的に分析することにより、最適な治療パスの標準化モデルや事例を作成することはできます。しかし実際の診療においては AI だけでは見逃す可能性のある地域や病院、個々の医師のアプローチの違いを考慮する必要があります。
AIにより作成された治療パスは論理的には正しいかもしれませんが、集積されたリアルワールドデータと現場の医師からのインプットを踏まえ調整する必要はあるでしょう。とりわけ複雑でこれまで適切に治療されていなかった疾患についてはこれが言えます。AI は役に立つかもしれませんが、各国・地域のニーズに合わせ調整を加えたアプローチを最終的に個別化するためには人によるインプットが依然として必要でしょう。
医師による AI の採用ということについて言えば、AI を利用して作成された計画が患者さんのケア向上を目指している限り受け入れられる可能性は比較的高いと思いますが、疾患の種類やその提案内容により異なるでしょう。対象となっているような患者さんを日常的に診療しない医師にとっては、自分達が見落とす可能性のあることも含めて AI がカバーするためむしろ歓迎されるかもしれません。もちろん対象領域の本当の専門家も自分達自身で系統立って必要なことを見つけ出すかもしれませんが、それでも AI は見落としを防ぎ治療方法を細かく提案するのに役立つでしょう。したがって AI は概ね否定的ではなく肯定的に受け入れられると思われます。
Prospection:リアルタイムのデータはどのようにすれば価値をもたらすと考えますか?
中氏:それは慢性的な疾患であるか或いは進行性の疾患であるかにより異なります。急速に病状が進行する状況下では適切な治療に出会うまでの時間を最小限に抑えることが重要です。したがってこの場合はリアルタイムにより近い状態のデータはケアに有用な情報をもたらすという点で非常に価値があります。しかし慢性症状で安定した状態では適時性というのはあまり重要ではないかもしれません。いずれにせよ患者のケアにおいてリアルワールドデータを活用できることは重要であり現代においては価値をもたらすものです。
Prospection:もしAIが副作用や入院を必要とするような有害事象のリスクが高い患者を予測するのに役立つとしたらパーシスタンスが大幅に向上するかもしれません。個々の患者のリスクを予測することでパーシスタンスが向上することの重要性と価値についてご意見をお聞かせいただけますか?
中氏: おっしゃる通りパーシスタンスすなわち患者が治療を続けることは非常に重要であり、副作用や入院による対処など本来の治療を妨げる要因はアウトカムに悪影響を及ぼします。したがってリスクを予測またはそれに対処することで副作用をより適切にマネジし、リスクを事前対応により低減することができれば、パーシスタンスをサポートする上で大きな影響をもたらすことでしょう。必ずしも入院による対処を最小化することが目的ではないかもしれませんが、副作用マネジメントの改善により早期の介入と治療の継続が可能になります。したがってパーシスタンスの観点から副作用リスクに事前予防的に対処できることは非常に重要であり大きな影響をもたらすと考えられます。
Prospection: 最後になりますが予測AIモデルが治療パーシスタンスを向上させ副作用をマネジし入院による対処が必要となるといった問題を解決することで、ヘルスケアに大きな影響を与える可能性があることは明らかです。患者のアウトカムに対してこれがどのような影響を与えるかについてコメントをいただけますか?
中氏: 影響は確かに大きいでしょう。副作用マネジメントの点から言えば、リスクをうまくマネジすることにより患者さんが治療を継続し望ましいアウトカムを達成することがサポートされるでしょう。入院に関しては必ずしも期間短縮が目的となるわけではありませんが、副作用のマネジメントが向上すれば、より密なモニタリングと早期の介入が可能になります。入院期間よりも重要なのは副作用リスクに事前に対処しパーシスタンスを維持するためのソリューションを最大化することです。したがって副作用を適切にマネジすることへの効果は非常に大きいことでしょう。
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Prospectionは、10年以上にわたり製薬会社のアナリティクスと営業・マーケティングチームにソリューションとサービスを提供してきました。同社独自の Patient-centric Intelligence Core はリアルワールドデータをインテリジェンスへと変換し、主力製品であるブランド管理プラットフォーム Prospection AI を含むさまざまなソリューションの基盤となっています。
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