先日、医薬ビジネスに対して人工知能(AI)と生成 AI が及ぼす影響に焦点を当てた東京での Prospection 主催医薬業界エグゼクティブによるラウンドテーブルの進行役を務める機会がありました。そこには当該話題に関するリーダー、Google やAWS からの製薬業界専門家、そして複数の製薬会社の社長が参加し、これらのイノベーションがもたらす課題と機会を議論しました。
私はこのイベントの冒頭で過去10年間にわたるリアルワールドデータ分析の広がりと現在のAI技術の進歩に見られる類似点を指摘しました。つまり、私たちはまさにガートナーのハイプ・サイクルが言うところの過剰な期待のピーク期に達しているのです。このハイプにもかかわらず、マッキンゼーは「100年に1度」の機会だと評しています。AIにより製薬バリューチェーン全体で年間1,000億ドル以上の価値が生み出される可能性があるというのです。製薬業界の事業を推進するリーダーが AI に関連して考慮すべき事項は3つあります。
- 創薬と開発: 製品がより早く市場に導入される
- アナリティクス: 意思決定がより迅速、より適切、より個々の製品の特性を踏まえたものになる
- 顧客: 医療者と患者がケアの場で AI の恩恵を受ける
製薬およびヘルスケア分野で AI は急速に取り入れられてきています。薬の製品化に AI をどのように取り入れ、活用するかを決めて行く必要があります。議論の中で明らかになったのは決断を先送りすることも一つの決定ではあるが、それが競争上の不利益につながるのは明らかであるということです。
Google、アマゾン、サンディエゴ大学からのスピーカー
基調講演者はサンディエゴ大学のオーリー ローベル(Orly Lobel)教授で、スタンフォード大学医学部の必読書および2022年 The Economist 誌の年間ベストブックとなった「The Equality Machine: Harnessing Digital Technology for a Brighter, More Inclusive Future」の著者です。ローベル教授はハーバード法科大学院の出身者であり、 AI と法律およびテクノロジー政策に関する話題に対し影響力を持ち、最近ではG7世界経済フォーラムの日本のタスクフォースメンバーにも選出されました。教授にお越しいただけたことは光栄でした。ローベル教授はバイアスやプライバシー保護、ブラックボックスを説明できるかなども取り上げ、AI に関する認識や製薬業界に与える潜在的な影響について問い直すことを参加者に促し、示唆を与える基調講演を行いました。「より良い未来のための AI の活用: AI に関する6つの誤謬」と題された講演では「平等のマシン」を構築し、より良いことを目指し AI を展開していくことの重要性を強調していました。
続いて Google Japan で Google Health 責任者を務めるクリニカルサイエンティストで医師でもあるジョー レッドサム(Joe Ledsam)氏が登壇し、医学的な質問に答えるための大規模言語モデルの開発と、AI が臨床と創薬に変革をもたらす可能性についてインサイトを共有しました。特にレッドサム氏は Google が臨床および製薬の分野で行ってきた取り組み、人体内のタンパク質の構造を予測する AI システムである AlphaFold などについて紹介しました。
Prospection の共同創業者者兼共同CEOのエリック チュン(Eric Chung)は、治療アウトカムの予測、詳細化した市場投入戦略の策定、そしてプレシジョンメディシン戦略の支援などを目的とした生成 AI の新しいアプローチについて紹介しました。彼の講演では AI が製薬会社のブランド管理と患者ケアに革新をもたらす可能性が強調されていました。
最後に、Amazon Web Services Japan の亀田俊紀氏(PhD、MBA)が、AI を活用した臨床文書作成のデモを行い、中外製薬における生成 AI 導入の取り組み事例を紹介しました。
AI の成功は経営層主導で実現される
このイベントを通じて参加者は互いの議論や講演者との Q&A セッションに積極的に参加し、AI を利用した意思決定において倫理的な観点から考慮すべき事項、患者プライバシーとデータに基づくインサイトのバランス、製薬業界における AI 導入の障壁を克服するための戦略など、さまざまなトピックについて議論しました。この会はチャタムハウス・ルールに則り進められていたため、議論の中で提起された鋭くかつ重要な意見の詳細のすべてをここで述べることはできませんが、このような質の高い議論に参加できたことは本当に光栄でした。
ラウンドテーブルから得られた主要な教訓の一つは、製薬会社の組織において AI の導入を成功させるためには強力なリーダーシップと効果的な意識改革が重要であるということでした。AI による変革への取り組みに乗り出そうとしている経営者の皆様のご参考になるよう、私はイノベーションを起こすカルチャーを醸成しデータに基づく意思決定を推進してきた自身の経験を共有しました。
このイベントの終了時にはラウンドテーブルが意義深い議論を喚起し製薬業界における AI の未来に対する高い期待感を生み出したことが明らかになりました。専門性の高い講演者達が共有したインサイトと参加者達の活発な議論により、AI および生成 AI が医薬品の開発、患者アウトカムの改善、そしてビジネスの成功を推進する極めて大きな可能性を有することが示されました。
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ブルース グッドウィンは40年にわたるライフサイエンス分野での経験を有し、現在はヘルスケアセクターにおいて5つの組織の非業務執行取締役を務めています。過去にヤンセンファーマ株式会社社長やヤンセン オーストラリア・ニュージーランド のマネジングディレクターを務め、そこでデータ駆動型のアプローチを通じ組織に大きな成功をもたらしてきました。彼は業界内でも高い評価を得ており、ヘルスケアに影響を与えるグローバル企業に対し引き続きインサイトとイノベーションをもたらしています。
Prospection 主催医薬業界エグゼクティブによるラウンドテーブルは、業界リーダー達が一堂に会し、アイデアを交換し、ヘルスケアの未来を共に形作るための有益な場となっています。詳細情報や今後のご参加をご希望される方は、弊社にご連絡ください。